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どこまでも9条の会講演録「戦争と死刑」パンフ紹介
■2008年8月31日に、池田浩士さんに「戦争と死刑」というテーマでお話をしていただきました。
その後、講演内容のパンフ化を思い立ち、どこまでも9条の会 講演録第1巻として発刊いたしました。
ご希望の方は送料80円にてお送りいたします。A5版・40ページ/300円

■「反改憲通信」紙上にて、このパンフの書評を書いていただきました。

 この300円のパンフレットは、「どこまでも9条の会」が08年8月31日に行ったドイツ・ナチズムの研究者である池田浩士の講演会をまとめたものである。
 池田はまず、ナチス・ドイツで虐殺された宗教者グループ「エホバの証人」の一人の抵抗(決して銃を手にしようとしなかった)の存在をギュンター・グラスの自伝(『玉ねぎの皮をむきながら』)の中のエピソードとして紹介することから話をはじめる。そして、最近の日本での「エホバの証人」の「輸血拒否事件」の高裁判決、「人はいずれ死すべきものであり、その死にいたるまでの生きざまは自ら決定できるといわなければならない」とした、尊厳死を選択する自由を認めた判決を紹介する。
 池田は、生きざまは自ら決定するという権利を自分の生きる原則としたいと力説する。その上で彼はこのように語っている。「やはり『殺してはならない』ということをまず基本にして、そこから考えようということを改めてもう一度自分の頭によみがえらせたいと思います。『殺してはならない』ということは、具体的にはどういうことかと言うと、『生きる権利』というものをどう考えるのか、それから『殺してはならない』ということの逆に、『殺す権利』というものをどのように考えるのか、ということにいきつくだろうと考えます。/私の『生きる権利』を絶対に私は要求し続けたいと思います。この『要求』と『拒否』は、実は表裏一体です。単独者として生きる私ではなく、『社会に生きる』私にとって、まず『生きる権利がある』ということは、『殺す権利はない』ということです」。
 人間の社会の関係の中では、自分が「生きる権利」を主張し続けるということは「殺す権利」を拒否し続けるということでもなければならないはずだ。池田はこの原則を個人のモラル(倫理)としてではなく、自分の原則として確認しておきたいと繰り返している。国家が「殺し、殺される」関係を合法的に強制する戦争と死刑を拒否せざるを得ない根拠を、彼はそんなふうに示してみせるのだ。
 死刑制度に反対する根拠は反戦運動をうみだす根拠に通底しているのである。「殺すな!殺されるな!」。このスローガンはこの間のイラク反戦運動の中に大きく浮上し続けてきた。私たちは憲法九条(非武装国家・兵役忌避国家)精神をそのように読みとってきた。その原則を踏まえれば死刑制度はどのようなものに見えるのか。改めて考えさせられる話である。死刑制度の問題ではなく、改憲問題が私の主要関心事であるという読者にこそ、ぜひ手にとってもらいたいパンフレットである。(天野恵一/事務局)

〈連絡先〉〒540-0038 大阪市中央区内淡路町1-3-11 シティーコープ上野402 
     市民共同オフィスSORA気付 どこまでも9条の会


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